​ローマは一日にしてならず|上 -1

​第1巻は全体像の把握のため詳しくなっています。

ローマの誕生、幼少、少年期

ギリシアとトロイの戦い

トロイはアガメムノンやアキレスに率いらだギリシア軍に責め込まれ、武将の1人オデッセウスの考えた巨大な木馬を攻略をあきらめて引き上げるギリシア軍の置き土産と勘違いしたトロイの人々は、10年も守り抜いた場内に引き入れてしまった。

その夜木馬の内部に潜んでいたギリシア兵が現れ火を付け、炎に包まれたトロイの都はその夜の内に落城した。

 

あの有名な「トロイの木馬」ですね~

アキレスも聞いたことありますね!

ブラットピットがこの物語を描いた映画にアキレス役で出てますよ。

王族も庶民も区別なく殺され、奴隷にされた。

トロイの王の婿アエネアスだけが老いた父と息子とわずかな人々を連れて脱出に成功。

なぜ助かったのか?

アエネアスは美と愛の女神ヴィーナスと人間との間に生まれ子であり、母ヴィーナスが息子がギリシアの刃にかかるのを望まなかったからである。

アエネアスとその一行は逃避行を続けイタリアの中部あたりに上陸。

その地の王がアエネアスに惚れ込み、王の娘と結婚させ難民たちはようやく安住の地をもつことができた。

アエネアスが死んだあと息子アスカニウスが王位を継ぐが、その地を去りアルバロンガと名ずけた新しい町を建設、後のローマの母体となる都市だった。

数百年後王の死後に王位を狙った叔父によって正当なアルバロンガの王の娘を処女のままで神に仕える巫女にすることで王位についた。

ところが、その娘に軍神マルスが一目惚れし、天から降りてきたマルスは王女と愛を交わし双子が生まれた

ロムルスとレムスと名ずけられた。

これを知った叔父の王は激怒し、王女は牢に入れられ双子は籠に入れられテヴィレ河に流された。

河口近くまで流され幼児の鳴き声に付近を通りがかった狼が気づき双子に乳をふくませ餓死から命を救った。

その後幼児たちを見つけ育てたのが羊飼いである。

ロムルスとレムスの兄弟は成長し羊飼いたちのボスとなり、抗争を重ねながら勢力圏を広げていった。

そして自分たちの出世の秘密を知る。

配下の羊飼いたちを連れアルバロンガに攻め込み戦いに勝ち王を殺した。

母親は牢生活中に死んでいた。

兄弟はアルバロンガに留まらず、テヴィレ河の下流近くに新しく都市を建設する。

この頃には近隣の羊飼いや農民までもが従うようになっていた。

だが、共同の敵を倒したあと二人の関係が悪化。

どちらが王になるかが原因だったが、二人で分割して統治することになる。

お互いの勢力基盤の境界線を示す為にロムスが掘った溝をレムスが飛び越えてしまう。

他者の権利の侵害行為を巡りロムルスはレムスを殺した。

こうして建設者ロムルスの名をとってローマと名づけられ誕生した。

ギリシアの地では4年ごとに開かれるオリンピアの競技大会も六回を経ていた時代である。

神話の中の神が登場してきました!

・美と愛の女神ヴィーナス

・軍神マルス

ギリシアの地では4年ごとに開かれるオリンピアの競技大会 =「オリンピック」です。

幼児二人に乳を飲ませる母狼の像や絵がたくさんあります。

ローマの町のシンボルだそうです。(ロムルスとレムスで検索すると出てきます。)

位置的には、二大勢力で北にはエトルリア、南にはギリシアの間にあるような場所で7つの丘でできた地形に住み着く。防御が不十分な土地で結果的に外に向かって発展することになるローマ人が周りの他民族との運命を左右する。

生まれたばかりのローマがこの二大勢力に呑み込まれなかったのは、ローマの地に侵略するほどの魅力がなかったからである。農業と牧畜しか知らないローマ人は相手にされなかったのである。

7つの丘は

・クィリナーレ |イタリアの大統領官邸

・ヴィミナーレ| 内務省

・エスクィリーノ

・カピトリーノ

・パラティーノ

・チェリオ

・アバンディーノ

テレビ中継では大統領官邸から中継します。

という代わりにクィリナーレから中継しますといい、選挙速報は内務省とは言わずヴィミナーレからの中継ですと言う。

だそうです。

建国の王ロムスはパラティーノの丘に城壁をめぐらせ都市建設の意思表示である神々に犠牲を捧げてね式を行う。

紀元前753年4月21日、ローマ建国の記念日となっている。

その年ロムルスは18才、この若者について来た三千人のラテン人によってローマは建国された。

初代の王となったロムスは何もかも1人で行う王にはならなかった。

国政を3つの機関に分ける

・王 |宗教祭事と軍事と政治の最高責任者

・元老院 |100人の長老たちが王へ助言

・市民集会 |王と政府の役職者を選出

政策立案の権利はなく、元老院の助言を受けて王が考えた政策の承認、戦争をするかどうか、講和するかも市民集会が承認してはじめて効力が発行される。

18才てすごい!

法律と政治のインフラがここにありそうですね~

ロムルスに付き従った人々は、移住なら妻子をともにするが、大部分は一人身の男たちであった。

それぞれの部族のはみ出しものだったかもしれない。

政体確立の次の事業は他民族の女たちを強奪することだった。

「サビーニ族の女たちの強奪」

近くに住むサビーニ族を祭りに招待、宴もたけなわサビーニ族の若い女たちに襲いかかり、強引に結婚し妻にしてしまう。サビーニ族は戦いを宣言。

4度の戦いの時に夫と親兄弟が互いに殺し合うのは見ていられない、と訴えた。

すでに、夫に対し愛情が芽生えていた。

二族間は和平した

和平はお互いの勢力圏を尊重する形ではなく、両部族が合同する形でローマに移住する形で。

花婿が花嫁を抱き抱えて新居の敷居をまたぐ習慣はここからきてる、と言われており今でもローマ人の習慣になっている。

テレビで見たことある!

サビーニ族の長老たちは元老院の議席を与えられ、人口の増加と兵力の増大につながった。

このやり方はローマ人が考えた以上の成果につながることになる。

・プルタルコスの 列伝 

敗者さえも自分たちに同化させるやり方くらい、ローマの強大化に寄与したことはない。

その後、戦闘による国土の確保の為に近隣部族との戦いにあけくれる。

100人の兵士で一隊を組む100人隊制度ケントゥウリアを考え出したのもロムルスである。

ローマ軍団の最小単位でありローマが存在するかぎり存在し続けた。

ケントゥウリア、これも映画になってますよ。

統治も39年目を迎えた頃、一天にわかに曇り、凄まじい雷雨が襲い耳を聾する雷鳴があたりを圧した。

雨も止み雷も去ったあと人々が目にしたのは空席の玉座だった。

ロムルスの姿はなく人々は天に召されたのだと言いあった。

ロムルスを国家の父として神として祀られることになった

しかし、彼の権力の増大を嫌った元老院が殺したと言われている。

神になりましたね~

 

二代目の王 ヌマ

サビーニ族の人で、農耕のかたわら知識探求にも励むという晴耕雨読型の人物が元老院の説得により王となる。

晴耕雨読っていう日本酒あるけど...

ローマの王は共同体の意を体現し率いていく存在、終身だが世襲ではない。選挙で選ばれる。

ロムルスに子供がいたが継ぐことはなかった。

王位についたヌマは、暴力と戦争によって基礎を築いてきたローマに、法と習慣の改善による確かさを与えようとした。

人間である為の礼節を教え、自らの力の限界を知ると同時に、それを超える存在への怖れを教えようとした。

ヌマは門や入り口の守り神で戦いの神であるヤヌスに捧げた神殿を建てさせ、入り口と出口という意味か反対方向に向いた二つの顔を持つ像を人々に示し、戦時には開けられ、平和時には閉じられるといい、43年間閉じられたままであった。またヌマはローマの市民たちを職業別にわけ、それぞれが独自の守り神を持つ団体に所属するように決めた。

神登場!|門や入り口の守り神で戦いの神であるヤヌス

大工組合、鉄工組合、染色組合、陶工組合など.職能別の団体結成は人々に自分の職業への誇りを持たせる、

というよりラテン人対サビーニ人という部族の対立を防ぐ目的がつよかった。

職業別の団体は今もありますが、この時代にはじまったんですね~

また、日常に秩序を与えようと暦の改革もおこなった。

一年を月の満ち欠けに準じて12ヶ月と決め一年の日数を355日と決めた。

余ってくる日数は20年ごとに決算される。

650年間続き日常を律することになる。

各月の呼称は変えなかった。7月.8月はのちに変わった。

日本語 |ラテン語 |英語

1月 睦月| januarius| january 語源はヤヌスの神と言われている

2月 如月| Februarius| February 清めるという意味 家畜を殺す季節

3月 弥生 |Martius| March 軍神マルスに語源

4月 卯月 |Aprilis| April 花開くという意味から

5月 皐月 |Maius| May 旅の商いの神マーキュリーより

6月 水無月 |Iurnius| June ユピテル神の妻、または若者に語源

7月 文月 |Iulius| July ユリウス カエサルの出生月 ★この人で学び多し!

8月 葉月| Augustus |August 初代皇帝アウグストゥスを記念して ★この人も!

9月 長月| September |September 3月から数えて7番目の月

10月 神無月 |September |September 8番目の月

11月 霜月 |November| November 9番目の月

12月 師走 |December |December 10番目の月

当たり前の各月の呼び名ですが、起源がはっきりしてますね!

 

年間の祭日と休日も整備した。

休日 |畑仕事から解放されそれぞれが収穫物を持って集まる日

祭日| 神々を祭る祝祭日

ヌマの業績で最も特筆されるのは、宗教改革であった。

ローマは多くの神々をもっていたがそれぞれの神々を整理した。

神々の王であるユピテル神|ギリシアではゼウス、英語でジュピター

その妻であるユノー女神|ギリシアではヘラ

美と愛を司る女神ヴェニス|ギリシアではアフロディテ、英語でヴィーナス

狩りの女神ディアナ|ギリシアではアルテミス、英語でダイアナ

学芸の神アポロ、知の女神アテネ、戦いの神マルスなどなどを整理し、神々を敬う大切さを教えた。

ギリシア、ローマに代表される多神教とユダヤ、キリスト教を典型とする一神教の違い。

多神教では人間の行いや倫理道徳を正す役割を神に求めない。

一神教ではそれこそが神の専売特許、完全無欠でなければならない。

ローマ人は神に何を求めたのか?

守り神であり守護を求めた。

戦いの場では軍神マルスやヤヌス

農業は女神ケレス

葡萄酒造りはバッカス

経済力はマーキュリー

病気になればアスクレピオス

幸福な結婚と女の立場の守護神はユノー女神

数多くの神が守ってくれていると信じている。

何もしない者までは守ってくれない。

努力を惜しまない人間を側面から援助するのが守護神のあるべき姿と思われていた。

こんなに神がいるんですよ~、日本と似てませんか?「八百万(やおよろず)の神」

「千と千尋の神隠し」で温泉に入りに船に乗ってきてましたね~

ヌマはローマ人を守る神々に奉仕する神官の組織を整えた。

ローマ人にとっての宗教は指導原理ではなく支えにすぎず、宗教を信じることで人間性までが金縛りになることはなかった。

狂信的ではなく排他的でも閉鎖的でもなかったローマ人の宗教は異教徒とか異端の概念にも無縁で戦争はしたが、宗教戦争はしなかった。

宗教はそれを共有しない人との間では効力を発揮しない。

法は価値観を共有しない人との間でも効力を発揮できる。

ローマ人が誰よりも先に、誰よりも強く法の必要性に目覚めたのは宗教の性質からかもしれない。

この本は「宗教」にも触れてます。(キリストも登場)

ギリシア人は倫理道徳の正し手を神に求めたのではなく、哲学に求めた。

哲学がギリシアで生まれた。

人間の行動原則の正し手を...

宗教に求めたユダヤ人

哲学に求めたギリシア人

法律に求めたローマ人

ヌマは治世43年の後穏やかに他界に去った。

三代目の王 トゥルス ホスティリウス

ロムルスに似て攻撃型の男で、ヌマによる内部充実の次期を経て外部へ発展していく。

ラテン人発祥の地とされ、ローマ人には祖先の地でもあるアルバロンガを攻撃する。

近くに存在する強国エトルリアを刺激しないようにと3人の代表者同士の決闘を提案し、勝った側の国が負けた国を平和裡に治めると決まる。

最後3対1となるがローマが勝利する。

しかしアルバロンガの王は約束を守らないだけでなく、近隣部族を扇動しローマと戦わせた。

それにも勝利しアルバロンガを攻め落城し王は捕らえらる。

約束を守らなかったというよりことで両足を2頭の馬に繋がれ、馬はそれぞれ反対の方向に向けて鞭を入れられた。

ローマ人のした最初の極刑だった。

何かの映画が見た...

住民たちはローマへの住民を強制されたが、奴隷としてではなく、ローマ市民ととして。

ローマ人と同等の市民権、住まう地域としとチェリオの丘があてらた。

クインティウス、セルヴィウス、ユリウスのアルバロンガの有名家門は貴族に列せられ代表者には元老院の議席が提供された。

のちのユリウス カエサルが生まれる一門である。

アルバロンガ攻略はラテン民族の母国はローマとなり、ラテン民族の本家となった。

軍事力は増強され戦いを重ね32年で終わった。

雷に撃たれての死であったという...

四台目の王 アンクス マルキウス 35歳

市民は平和的な王になると思っていたが、力を蓄えるていくことで、周辺のラテン人、サビーニ部族の注目を浴び、ラテン民族相手の戦闘を余儀なくされる。ヤヌス神殿の閉まることはなかった。

アンクスもまたローマに移住させ奴隷もせず、市民権、元老院の議席が与えられローマ化していった。

また戦闘以外にもいくつかの事業を完成させる、

第一にテヴィレ河に木造の橋をかけた。

第ニにテヴィレの河口にあるオスティアを征服した。

それによってはじめて地中海と向かい合い、塩の生産を得ることになる。

ローマはゆっくりと着実に勢力圏を広げていくが、異分子の混入によりさらなる飛躍につながっていく。

建国から139年目にそれがおこった。

異分子の混入によりさらなる飛躍につながっていく...  組織では必要ですね。判断はむずかしいけども...

五代目王 タルクィニウス プルコス

アンクスが王位であった時代、異邦人のエトルリアのタルクィニウス一家が自らの運を切り開く為に全財産と一族郎党を引き連れ移住してきた。

10年も立たない内に王アンクスの遺言執行者に指名されるまでになる。

王の死後自ら王に立候補する。

伝えによると王に選出される為にローマ中で演説し、市民たちに向かって自分に票を投じるよう説いてまわった。

選挙運動をした最初のローマ人てもあったようである。

市民集会は圧倒的多数で王に選出、元老院も問題なく承認する。

選挙運動を最初にした人なんかもしれませんね。

ラテン、サビーニ、ラテン、サビーニと続いてきた王位にはじめてエトルリア系の王の登場になった。

タルクィニウスは37年間に実に有能な指導者であることを示した。

ローマの勢力圏は一段と拡張され、都市の名にはじない都市に変貌し、市民の生活水準も飛躍的に向上した。

戦闘も激戦ではあるが勝利を重ねる。

タルクィニウスは前任者と違い敗者をローマ化する政策をとらなかった。

勢力拡大の為に周辺部族との戦闘を始めるが、敗者をローマに移住させ市民権を与えて同化させる政策はとらなかった。

敗者から奪い取った戦利品を満載した車を連ねてローマに凱旋した。

凱旋式の最初ですね。

王の個人的な人気獲得の為であったと思われる。そしてさらにローマの開発を始める。

7つの丘の間にある湿地帯に下水溝を通し水を抜く干拓事業を始めた。

これにって石で舗装され平地になり市場に使われ、少しづつ公共の建造物が占めるようなり、ローマの心臓と言われることになるフォロ・ロマーノの誕生である。

フォロ・ロマーノ|あとあとで出てきます。

この事業によって大競技場、神殿など。

また、民族間のコミュニティー、交流も盛んになり、7つの丘、テヴィレ河によって変化に富む美しい景観をつくり出していった。

この時期の開発事業の肉体的な遂行者はローマ軍団の兵士であった。

平時でも兵たちを戦時と同じに活動させておくためだったようである。

開発を考える人間はおり

それを実現できる土地もあり

実際の作業に従事する人間はいても、

それに必要な技術がなくては話しにならない。

ここ、お店やってたら感じませんか!

王はそれを自分が生まれ育ったエトルリアから導入する。

下水溝工事の技術、道路舗装の技術、神殿のような大規模な石造建築の技術、技術指導者としてのエトルリア人が入ってきた。

技術指導者に従って働くうちにローマ人はこれを学びとる。

これが後の世界的なエンジニアを育てあげる基礎となった。

ここ、お店・組織のステップアップに必要なことですね。

これによって商業、手工業が増え経済が活発になり人々の生活も向上し、多くの面で都市国家としてバランスのとれた構造を持ち始めていく。

そんなある日、王タルクィニウスは一人のエトルリアの少年と出会う。

なぜかこの少年を気に入り、自分の実の子と一緒に育てることにした。

成長したセルヴィウスの利発さと勇気に対抗できる者はいないまでになる。王は自分の娘の夫にする。

だが、この厚遇によって王の死後の王位を狙っていた先王アンクスの息子二人を不安にした。

王タルクィニウスは次の王にこのセルヴィウスを推薦する。この推薦は即当選を意味した。

アンクスの息子たちは先手を打つ。

王の暗殺は成功した。だが王位につくことはできなかった。

タルクィニウスの妻が夫の死を知るや実の息子二人ではなく、セルヴィウスにすぐに王位を手中にするように勧め、市民集会の選出を経ず元老院での決議だけで王に即位した。

セルヴィウスを王に持つことによって、またいっそうの飛躍を約束したことになった。

先王タルクィニウスの人を見る眼は確かだった。

6代目の王 セルヴィウス トゥリウス

先王タルクィニウスの初めた事業を引き継ぎローマ全体を守る城壁を完成させる。

今でも セルヴィウスの城壁 として一部が残っている。また狩りの女神ディアナに捧げる神殿を建てローマ市民でなくても神殿に詣でるようにした。武器は携えないのが普通なので同じ神を持つ近隣部族も出入りできたようである。

セルヴィウスは、

他者を拒む城壁と

他者をも受け入れる神殿

の建設を同時に行い完成させた。

なかなか味なことをする。

考えさせれました~、ここあとから出てくるカエサルの特徴と重なります。

しかし、セルヴィウスの成した業績のうちで最も重要なのは、軍政の改革により税制と選挙制度の改革である。

古代ではローマもギリシアでも直接税は軍役を務めることが普通で、一人前の市民と認められ、投票権もあり、それゆえに軍政は税制にイコールし選挙制にもイコールする。

セルヴィウスはテヴィレに向かう湿地帯を干拓しこの広い平地を マルスの広場となずけた。

出ました!マルス広場

軍神マルスの広場の意味として軍団の集結地に使われ、市民集会の投票場としても使われた。

また、ローマで初めてになる人口調査も行った。主目的はローマの戦力を知ることであった。

ローマの投票の1票は1人1票ではなく、軍団の最小単位である百人隊ごとに1票となる。

百人隊の内部で議論討論し統一された意思が1票に結びつく。

言ってみれば小選挙区である。ギリシアでは1人1票であった。

人口調査・小選挙区、まるで現在のよう...

戦法も変える。

前衛、本体、後衛と分け前衛は真っ先に敵とぶつかって敵の戦線を乱す役割で、二番手の軍団の主力である重装歩兵が勝負を決し、いざとなれば三番手の後衛が助けに入る。この戦法で勝利を重ねて行く。

戦闘の場面があとあと多く出でくる、その描写がすごくおもしろい!

実り多かった彼の治世ても不満分子はいた。

セルヴィウスには2人の娘がいて、一人は勝気、一人はおとなしい性格であった。

先王タルクィニウスにも2人の息子がおり、一人は気の強い野心家、一人は穏健な性格であった。

セルヴィウスはこの四人を結婚させた。

勝気な王女には穏健な従兄弟、おとなしい王女には野心家の従兄弟に嫁がせる。

これは失敗に終わる。

気の強い王女は自分と似た性格の従兄弟を誘惑した。

そしておだやかな性格の2人がなぜか急死する。

気の強いもの同士はその後結婚する。

気の強い王女にそそのかされ、元老院入口の階段の上から王を投げ落とした。

まだ死んではいなかったがまだ息のある父親の身体の上に娘トゥーリアの駆る馬車が襲いかかった。

トゥーリア何してんねん!!

気の強い夫タルクィニウスは王になり、娘は王妃になった。

最後の王 7代目 尊大なタルクィニウス

尊大|いばって、他人を見下げるような態度をとること。また、そのさま。高慢。横柄。

タルクィニウスは先王セルヴィウスの葬儀を禁じ、先王派と見られていた元老院議員達を殺した。

市民集会での選出も元老院の承認もなく王位についた。

その後ずっと元老院に助言を求めることもなく、市民集会に賛否を問うこともしなかった。

市民たちは陰で「尊大なタルクィニウス」と彼を呼んだ。

国内で独裁的な専制君主であったタルクィニウスは地盤を磐石にする為にエトルリアを味方につける。

ある時スキャンダルが起きる。

王の息子の一人にセクストゥスという若者がいた。親族の妻を横恋慕する。

寝取ったわけやね!

夫が留守の夜を見計らって恋する女ルクレツィアの屋敷に向かう。

親族の間柄なので全員で歓迎し、客用の寝室まで用意する。夜も深まった頃寝室に忍び込んだ。

短剣を突きつけ女をわがものにする。そしてそのまま女をそこに残して後にした。

その夜のうちにローマにいる父と戦場にいる夫に知らされた。

父のルクレティウスとヴァレリウス、夫のコラティヌスとユニウス・ブルータスと共に駆けつける。

寝台に座ったままで悲観にくれていたルクレツィアは、到着した四人に事情を説明したあと、隠し持っていた短剣を胸に突き刺した。

そして苦しい息の下から、四人の男たちに復讐を誓わせた後で死んだ。

壮絶!

遺体はフォロ・ロマーノの演説台の上に安置され、人々はその無惨さと王と王の一族の野蛮と傲慢を非難した。

ブルータスは市民たちに貞節で行い正しい女たちを二度とこのような蛮行の犠牲にしてはならないといい、王が先王セルヴィウスを殺して王位を奪ったことを思い出させ、王と王の一族をローマから追放することを提案する。

それまでくすぶっていた王への不満が爆発する。

大歓声で賛意を示し市民兵結集となる。

戦場にいた王はこの変事を知らされる。

手勢だけを率いてローマへ向かうがローマの城門は閉ざされたままだった。

追放にしたと告げられた。

王は自分に従う兵だけを連れてエトルリアの一都市を頼って去った。

王妃のトゥーリアはローマを逃げだし、三人の息子二人は王と共にし、事の発端になったもう一人の息子は別の町に逃げたが、以前に侮辱したことのある者の手で殺された。

尊大なタルクィニウスの治世は25年で終わった。

7代目の王であった彼とともにローマの王政時代も終わる。

ロムルスが建国した紀元前753年から244年目の、前509年のことであった。

これ以降ローマは共和制時代に入る。

市民集会で選ばれても任期は1年で二人の執政官が統治する時代を迎えた。

組織がまだ幼い時期は一人が決め一人が実行の先頭に立つ方が効率的である。

お店を立ち上げて組織になるまでのプロセスに似ている。

ローマはこの7人の王たちによってたくましい根を地中深く根付かせることができたのである。

 

共和制ローマ

続く...

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